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2009.09.01up
クリエイターインタビュー 和泉光一 (前編 ─ 1)
子どもの頃のおやつの幸せな記憶にリンクするせいか、甘いものを前にすると、たいていの人の頬は緩みます。それが繊細な味わいの美しいお菓子であれば、なおさらのこと。美的感覚と確かな技術が要求されるパティシエの世界で、カリスマシェフとして注目を集める和泉光一さんは、国内外のコンテストで優勝を重ね、お菓子作りの新たな世界を切り拓いてきた実力派。デビューまでの道のり、お菓子作りに対する思いを伺いました。 厨房デビューは幼稚園時代!? ~ 料理が好きだった少年時代 ~ 「僕の実家は愛媛の田舎の和菓子屋なんです。家族全員が働いていて、僕が幼稚園のときなんかは、親の目が届くように小麦粉の袋の上で遊んだりしていましたから、厨房デビューは早いですよ(笑)。家族みんなが忙しいから、揃ってご飯というのがなかったんです。手が空いた者から一人ずつ順番に食べるのが普通で。少し大きくなると、親が忙しそうなのを見て、自然に自分で料理をするようになりました。 中学から高校時代には、我流でたくさんの料理を作りましたよ。本を見て作るのではなく、それまで食べたものを、自分なりに考えて、アレンジして。祖父から始まった和菓子屋の家でしたから、血筋として何かを作るのが好きなのかもしれませんが」 職人の道へ ~ 戻る家はないと覚悟して上京 ~ ── お菓子作りの道を選ぶきっかけは何だったのでしょうか? 「本当は料理をやりたかったんですが、当時は料理もお菓子も、"白い服を着て何かを作る"という意味では同じだと思っていたんですよね。それに、家業を継げば親も喜ぶかな、と思ったのもありました。ところがその気持ちを伝えたら、同じ道を歩む職人になるなら親子という考えはやめろ、と言われてしまって。『帰ってくればいいという気持ちで職人になるな、ここは俺の店で、お前にやるための店じゃない』と。 今考えれば厳しさを教えるという面があったと思いますし、後になってからあれは本心じゃなかったと親は言うんですが、若かった僕は真に受けてしまった(笑)。周りからは、実家が菓子屋だから菓子職人、と思われることが多いんですけど、親はそんな気持ちを持っていたわけではなかったようで、選択肢は他にもあったんです。 ただ、明確なきっかけというのはありませんが、小さいときから見てきた仕事場の雰囲気というのが好きだった、ということは影響しているかもしれません。僕としては帰るところがなくなってしまって、意地もあって『じゃあ自分でやるよ』って。それが始まりですね」 |
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